そのプロジェクトの名は、サミュエル・テイラー・コールリッジの詩篇 『クーブラ・カーン』において桃源郷を意味するザナドゥからとられています。従来の文字情報では不可能だった、テキスト間を相互に関連付け、文書の宇宙を自由に行き来するというハイパーテキストの概念に、(あたかもボルヘスによるバベルの図書館のような)ユートピアのイメージを重ね合わせてみたというところでしょうか。ヒッピーからコンピュータの世界に入った人らしく、そんなところにも独特のセンスが窺えます。
ハイパーテキストの理念をいかんなく援用しながら、ネルソンは80年代初頭に著書『リテラリーマシン』を著しています。そこに記された夢想はまさしくネット社会の萌芽といえるもので、そのうちのいくつかが既に現実のものとなっているのは興味深いところ。もちろん現在はご存知ティム・バーナーズ=リーによって提唱されたWorld Wide Webが世界を席捲し、事実上インターネット=ウェブということになっているわけですが、(そして私たちもまたその恩恵に授かって日々過ごしているのですが)、そうしたネット文化の礎には、ネルソンのような意欲的でちょっとばかり商売下手な研究者の気の遠くなるような営為があることを忘れないでおきたいものです。
それにしてもこのテッド・ネルソン、カウボーイの格好をしながらプログラミングする姿もチャーミングなのですが、WEBに対してはあくまで批判的な態度を表明し続けているところが興味深い。やはり現在のWEBはまだまだ発展途上、縦横無尽にメディアの宇宙を旅する理想(=ザナドゥ)からはほど遠いということなのかもしれません。
WEBがこれだけ社会に浸透し、ほとんど空気のような存在となったいま、ザナドゥが今後改めて脚光を浴びる可能性は殆ど期待できないというのが実際でしょうか。コールリッジの描いた幻の都の名に相応しく、いずれは過去の遺物として語られる対象となってしまうかもしれません。それでもネルソンのような強烈な個性を生んだ情報工学の分野も、あながち夢のない世界でもないのだと感じます。
加速し続けるネット社会が今後どのような道に進むかは未だ見えてきませんが、ネルソンのような少し奇抜な格好と思想の持ち主、そしてその妖しげな魅力だけは失わない世界であってほしいと願ってやみません。












