無くなった地図記号「古戦場」

2012年10月29日 by Shutaro Kobayashi

学校で地図記号を誰でもならう。郵便局は丸に〒だ。単純な形だけど見て「何を指している」かすぐわかる
すぐれた記号だ。
地図記号というものは、増えてきて「必要」とされていると、新しく増える。
発電に使う「風車」は平成18年に出来て新しく追加された。

逆に無くなる「地図記号」もある。今年なくなった「古戦場」がそうだ。
古戦場、日本の歴史で「有名な戦い」があった場所だ。
無くなった理由は「そこを目印にする人」はいないからだそうだ。・・・たしかにそうだ(笑)。

戦国時代とか馬を乗って戦った場所だから・・「広い」。そこの「どこ?」となってしまう。

長野県で言ったら、有名な戦い「川中島の戦い」がある。
人と待ち合わせをする時に、すなおに「川中島古戦場」で待ち合わせしよう♪
などといった日には、川中島は「町」なのでローラー作戦を展開しなければならない。
(実際、戦いの舞台となったところは「八幡原」。今では公園になっている)

関ヶ原古戦場もそうだ。ものすごい人数で戦ったところだから広い。。
待ち合わせで「石田光成が陣をひいた所で・・」などと言ったら
もう「会いたくない」と思って言っているとしか思えない。

日本の歴史好きだけど、なんとなくしょうがないと思う。

ちなみに歴史の「有名な戦い」と「場所」が一致してない場所は多い。

1.桶狭間の戦い
有名な織田信長の「デビュー戦(この表現正しい?)」。
桶狭間で戦ったって説と、田楽狭間で戦ったって説の2通りある。結構離れてますが。。
どっちかというと「田楽狭間」が有力なのだろうか。
何年か前からNHKの大河ドラマも場所の説明「田楽狭間」って言っているし
Googlemapで田楽狭間で検索すると地名には無いのに「桶狭間古戦場伝説地」が
出てくる処からもうかがえる。

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2.長篠の戦い
また織田信長だ(笑)。歴史の教科書では「3千の鉄砲を3回ローテーションで撃った」と
される有名な戦いだ。「長篠城」をめぐる戦いなので、この名前なのだろうが
実際には「設楽ヶ原」で戦ったので、三河東郷の北で戦った事になる。
「設楽ヶ原」は残っていなくて「設楽ヶ原資料館」の名前に残されるだけなのも興味深い。

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3.壇ノ浦の戦い
今年の「NHK大河ドラマ」の舞台。平家滅亡の戦い。
中国地方(壇ノ浦)と九州(田ノ浦:現:田野浦)をつなぐ、「関門海峡」がそこだ。
海の距離は一番近い所で「700mぐらい」しかないとの事だ。
田ノ浦の戦い」でも間違ってはいないけど「壇ノ浦の戦い」として有名だ。
もしかしたら「田ノ浦」で検索すると「九州の別の場所」他、日本では
「大阪」など、いろんな所に「田ノ浦」が存在するからだろうか?

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4.上野戦争
これは間違いではない。。明治維新の時に「上野寛永寺」で戦いが起こって
その一番激しかったところが「黒門」である。
ヒットしたTVドラマ「仁」でも最終回の舞台となった。歴史の遺産である「黒門」は
現在「上野寛永寺」にはない。少し離れたところの「円通寺」と言う所に
保管(展示)されている。戦死者供養が縁となって、移ったとの事だ。
このように、事情があって「元にあったところと違う」という歴史の場所もある。

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「間違っている」だけで終わらせずに、「なぜそうなったのか」を調べてみるのも 歴史の面白さのひとつだ。
地図記号として「古戦場」は無くなってしまった・・・。「送電線」の記号が一度 「テロ対策」という事で無くなったが
登山者が目印に使う」という理由から 復活している。古戦場も、別の目的で復活する場合も0%ではない。

参考資料
国土交通省:国土地理院「地図記号の一覧など」


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