年の瀬に、少し深い話
2008年12月24日 19:12 | Comment (4) | TrackBack (0)
雨が降っても、嵐になっても、咲いている花がありますよ。
辛くて苦しいことばかり立て続けに起こっても、死ぬことを許されなかった人がいますよ。
生きていくために、家族を守るために、仕事をしている人達が集まって、
「会社」という枠の中で機能しているから、「社会」が成り立っているのですよね?
一人一人に託された「役割」と「責任」、「生命の持ち時間」は、
限られているものだと、肌身で感じるこの頃です。
なぜ25年くらいしか生きてないのにそんなことを書くのか、
不思議に思う人がいると思うので、少しばかり昔の話を。
とにかく環境の変化が激しい状況で育ちました。
家族のもとから離れれば、全然知らない人ばかりです。
言葉が通じないこともありました。→地域の方言ですね。
まずは、転校生として紹介され、クラスの先生と30~40人くらいのクラスメートと対面します。
教室の前で自己紹介をし、まずはクラスの中心人物(学級委員)と近づくことになります。
その後、授業を共にしながら、頭の良し悪し、運動の良し悪し、芸術(音楽・美術)の良し悪し、が徐々に判断されていきます。転校生は「こういう子」なんだよっていうお話を、クラスメート同士でしているでしょうし、帰宅後、子供は親に話をしていると思うのです。
転校生が珍しい学校なら、尚更です。
↑この文章を「転校生」を「外国人」、
「クラスの先生」を「社長」、
「クラスメート」を「社員」、に置き換えて読んでみてください。
不思議ですね。
最近ニュースで見かける「外国人雇用」の話題になってしまいました。
それから、少しずつ友達関係を築いていくものの、一定の期間が過ぎたら引っ越しをして、また新しい場所での生活を始めて、という繰り返しでした。
クラスという集合体の中におけるいろいろな平均値というものがあるのですが、そこに上手く合致すれば、クラスメートと馴染みやすいのでしょうが、私の場合は、そう上手くいきませんでした。何か特定の分野においては突き抜けていたり、他の分野においては劣っていたり、ギャップが激しかったのです。子供達の集団なので、ストレートに好奇の対象にされました。私自身も子供だったので、なぜターゲットにされやすいのか、全然自覚してなかったんですね。とりあえず、周りが騒がしかったうえに、話題が絶えなかった記憶が残っています。自分という存在と孤独に向き合わなければならず、疲れ果てて図書館にいたこと多いです。。
いろいろなものに囲まれているようで、実は一匹狼で、群れない、騒がない、懐かない の三点セットのような性格なので、先生方にとっては、本当に扱いづらい子供だったでしょう。全然、子供らしくないんですから。※私は、保育園と幼稚園、小学校3ヶ所へ行ってます。
↑こちらの文章に関しては、はっきり言ってしまえば、私の経験とは全く逆の現象が起きているようです。得意分野を見つけましょう、自分の長所を伸ばしましょう、個性を育てましょう、など、その種類の書籍が目につきますし。子育てに模索中の親御さん向けの書籍が多いのかな。。
強行手段かもしれないですが、危険にさらされれば、つべこべ言ってられないです。
自分が出来ることしか、出来ません。
興味を持ったことじゃないと、全力投球出来ません。
おそらくそれが、その人にとっての「役割」であり「機能」です。
群れない、騒がない、懐かないと書いてしまいましたが、女が一人で動き回ることは、不自然でしょうか。ここ数年、結構な勢いでこの種類の女は増えてます。自分の安全と自分の幸せは、自分で手に入れるものだと気づき始めて、目覚めてきてるんですよね。生活を脅かされることに敏感だから、動き出すのが早いんです。誰だって、生活レベルを下げたいとは思わないでしょう。
傍から見たら、女が一人で動いている、女が一人で旅をしている、
そう見えるかもしれません。
実際は、自分で自分を律する両性具有な存在だったりするのかも。
女の役割、男の役割、両方できないとキャリアウーマンは務まりません。
特に女性であることと男性であることの境界線があいまいになってきている昨今では、1つの生命体としての力量が問われてきているのかもしれないです。
本当に、ブレない自分軸を持つことが大切になってきてますね。
激しい雇用環境の変化が渦巻く中、いろいろな問題を山積みしてますが、
時間は刻々と過ぎていきます。
華やかに過ごすのも、ひっそり静かに過ごすのも、それぞれですよね。
とりあえず、無事に今年の終わりを迎えられることに感謝です。
日常生活が、どれほど貴重で大切なものか。
死守しなければならないと、身を締める思いです。
メリークリスマス、そして、良い年末年始をお過ごしくださいませ。
(個人的な経験を取り上げた私の覚悟を、お察し頂けると嬉しいです)
辛くて苦しいことばかり立て続けに起こっても、死ぬことを許されなかった人がいますよ。
生きていくために、家族を守るために、仕事をしている人達が集まって、
「会社」という枠の中で機能しているから、「社会」が成り立っているのですよね?
一人一人に託された「役割」と「責任」、「生命の持ち時間」は、
限られているものだと、肌身で感じるこの頃です。
なぜ25年くらいしか生きてないのにそんなことを書くのか、
不思議に思う人がいると思うので、少しばかり昔の話を。
とにかく環境の変化が激しい状況で育ちました。
家族のもとから離れれば、全然知らない人ばかりです。
言葉が通じないこともありました。→地域の方言ですね。
まずは、転校生として紹介され、クラスの先生と30~40人くらいのクラスメートと対面します。
教室の前で自己紹介をし、まずはクラスの中心人物(学級委員)と近づくことになります。
その後、授業を共にしながら、頭の良し悪し、運動の良し悪し、芸術(音楽・美術)の良し悪し、が徐々に判断されていきます。転校生は「こういう子」なんだよっていうお話を、クラスメート同士でしているでしょうし、帰宅後、子供は親に話をしていると思うのです。
転校生が珍しい学校なら、尚更です。
↑この文章を「転校生」を「外国人」、
「クラスの先生」を「社長」、
「クラスメート」を「社員」、に置き換えて読んでみてください。
不思議ですね。
最近ニュースで見かける「外国人雇用」の話題になってしまいました。
それから、少しずつ友達関係を築いていくものの、一定の期間が過ぎたら引っ越しをして、また新しい場所での生活を始めて、という繰り返しでした。
クラスという集合体の中におけるいろいろな平均値というものがあるのですが、そこに上手く合致すれば、クラスメートと馴染みやすいのでしょうが、私の場合は、そう上手くいきませんでした。何か特定の分野においては突き抜けていたり、他の分野においては劣っていたり、ギャップが激しかったのです。子供達の集団なので、ストレートに好奇の対象にされました。私自身も子供だったので、なぜターゲットにされやすいのか、全然自覚してなかったんですね。とりあえず、周りが騒がしかったうえに、話題が絶えなかった記憶が残っています。自分という存在と孤独に向き合わなければならず、疲れ果てて図書館にいたこと多いです。。
いろいろなものに囲まれているようで、実は一匹狼で、群れない、騒がない、懐かない の三点セットのような性格なので、先生方にとっては、本当に扱いづらい子供だったでしょう。全然、子供らしくないんですから。※私は、保育園と幼稚園、小学校3ヶ所へ行ってます。
↑こちらの文章に関しては、はっきり言ってしまえば、私の経験とは全く逆の現象が起きているようです。得意分野を見つけましょう、自分の長所を伸ばしましょう、個性を育てましょう、など、その種類の書籍が目につきますし。子育てに模索中の親御さん向けの書籍が多いのかな。。
強行手段かもしれないですが、危険にさらされれば、つべこべ言ってられないです。
自分が出来ることしか、出来ません。
興味を持ったことじゃないと、全力投球出来ません。
おそらくそれが、その人にとっての「役割」であり「機能」です。
群れない、騒がない、懐かないと書いてしまいましたが、女が一人で動き回ることは、不自然でしょうか。ここ数年、結構な勢いでこの種類の女は増えてます。自分の安全と自分の幸せは、自分で手に入れるものだと気づき始めて、目覚めてきてるんですよね。生活を脅かされることに敏感だから、動き出すのが早いんです。誰だって、生活レベルを下げたいとは思わないでしょう。
傍から見たら、女が一人で動いている、女が一人で旅をしている、
そう見えるかもしれません。
実際は、自分で自分を律する両性具有な存在だったりするのかも。
女の役割、男の役割、両方できないとキャリアウーマンは務まりません。
特に女性であることと男性であることの境界線があいまいになってきている昨今では、1つの生命体としての力量が問われてきているのかもしれないです。
本当に、ブレない自分軸を持つことが大切になってきてますね。
激しい雇用環境の変化が渦巻く中、いろいろな問題を山積みしてますが、
時間は刻々と過ぎていきます。
華やかに過ごすのも、ひっそり静かに過ごすのも、それぞれですよね。
とりあえず、無事に今年の終わりを迎えられることに感謝です。
日常生活が、どれほど貴重で大切なものか。
死守しなければならないと、身を締める思いです。
メリークリスマス、そして、良い年末年始をお過ごしくださいませ。
(個人的な経験を取り上げた私の覚悟を、お察し頂けると嬉しいです)







-河西裕一
ども。「少し深い話」シリーズを拝読しました。
僕は転校の経験が0なので全くその立場に立って考えることはできないのだけど、いろいろ想像するに孤独じゃない人はこの世にいないのではと思います。平均的な要素の中にぬくぬく居る人も実は凄い孤独の裏返しでその場所を最後の聖地にしているのかもしれないのです。
まあ、そう思っていたいという願望かもしれません。
友達とか社員(クラスメート)って何だろうと考えても結構深いところまで行っちゃいますよね。笑
ノリが合えば、気が合えばそれで友達かっていうとそんなことはない。そうすると意外と本当の友達を持っている人のほうが少ないのでないかと思えてくる。
これも、そう思っていたい願望ですけどね。
自分の事を頑張って考えることはとてもいいことだと思います。何処に到達するのか分かりませんがそれも自分の中から出てきたものなので大事にすべきです。
ただ結構疲れるので、その疲れに浸ってしまうとダースベイダーになってしまうので気をつけましょう。
長野県はものづくりの企業さまが沢山いて、ニュースのような雇用問題は非常にインパクトが強く心配しています。働きたくても働けない人の心情はどれ程のものか想像がつきません。多くの企業さまとの取引で成り立っているウェブ事業部ですが、こんな時勢にどのような助言、協力が出来るのか深く考えてしまいます。
まあ、結局何が言いたいかというと
メリークリスマス。来年もよろしく
2008年12月26日 15:03
-admin
コメントありがとうございます!
日々進化&更新中の中野です。
自分と向き合うこと、将来を考えることは、子供と大人の狭間にいるとき、一番敏感なのかなと思います。おそらく、そのタイミングが早かったのでしょう。自分の身を守るため、本当に必要なものを見極めるために、「一人になること」を選んでましたね。しばらく後、自分なりの結論を導き出したのが、19歳でした。人と違う環境のもとで育ったことで、いろいろな意味での初体験が早く訪れ、成長スピードが速かったことは否定できませんし。
なぜフリートークというコーナーで、個人的なことを書くことを決めたのか。
それは、これまでに私の近くを通り過ぎていった人達が、少なからず、私の経験談を聞いたり読んだりしてくれて、メッセージを送ってもらうようになってきたからです。
本当に嬉しいことです。誰かに何かが伝われば、本望です。
たとえ孤独な時間が増えたとしても、自由を好む私は、どこにいても異邦人で、旅人のような感じなのです。だからこそ、冷静に周りを見渡すことができるのかもしれないですね。日常生活あってこその、非日常ですしね。私にとっての仕事は、「伝えること」なのです。性質上、繁華街の中でしか機能することができないと思っていたので、今、この会社で働いていること自体、正直かなり奇跡的なことだと感謝しています。(隙あらば旅してますが、、)
新鮮なもの、綺麗なものを活力としています。
これから先、どんな立ち位置でどんな役割をしていくのかわかりませんが、「中野美和」であることは、変わらないと思いますので。こちらこそ、これからもよろしくお願い致します。
2008年12月26日 19:07
-hayakawa
若き時にたくさん考え、悩むのはいい事です。どんな人でも、そう変わりは無いのかも知れませんが、それがわかるには、もう少しだけ時間も必要なのかも。否定的よりは肯定的に、同じ時間過ごすのなら・・・・・どちらがいいのかな?どんな生き方なんて決める必要などなく、立ち止まり、考え、わからなくなったら、助けを求める。自分って(私もそうですが)全然強くなかったりするのですよね。でも、人生はおもしろい。いつ、何処で、どんな出会いがあるかわからないから・・・・・。
2008年12月26日 20:05
-admin
早川さん、コメントありがとうございます!励みになる文面で、嬉しいですね。フヨフヨ、ヒラヒラしているので、強くて余裕のある大人の人の傍はすごく落ち着けます。弱かったり強かったり、子供っぽかったり大人ぶってみたり、いろいろですけど。人との出会いによって、いくらでも変わっていけるんですよね。時間の流れに身を任せてみるのも、悪くないかもしれないですね。
2008年12月26日 20:44