音をシミュレートするかクリエイトするか

2007年9月18日 by Eiji Saito

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音を自在に操ることができるようになったのはいつ頃からだったでしょうか。
と、早くもここでいくつもの解釈がなされてしまう問いであることに気づき困惑してしまうのですが、本来楽器を自在に奏でるようになるためにはそれなりの熟練が必要であることを思い起こし、ここではあえてその対象を思いきり限定してしまおうと思います。つまり、とりあえずは譜面が読めなくてもコンピュータによって「音を操る」ことが可能となったとき、と。

 

なぜこれほどに歯切れが悪いかといえば、それはやはりコンピュータを使っての音(楽)制作もそう簡単なものではないということとも関連していると思われるからですが、それでも一頃はコンピュータ(もしくはシーケンサー)一台とMIDI音源さえあれば、たった一人であらゆる音が出せ、あらゆるジャンルの音楽制作が可能になる、という幻想だけは抱けたものです。

 

MIDIという規格が一般化し始めた頃は、あらかじめサンプリングされたPCM音源を、楽曲を再生させる(シーケンスを走らせる)際にいかに本物の楽器の音へ近づけうるかというのが大きなテーマの一つでした。そうなると少しデュレーション(音の長さ)をいじっては不自然な減衰音に落胆の溜息をつき、勢いベロシティ(音の強さ)をいじってはおよそありそうにない立ち上がりの音に悲痛の唸りをあげるといった苦行めいた日々が蓄積されてゆくことになります。やはりなんだかんだといっても実際の楽器を熟知していなければ、その楽器の微妙なニュアンスまでを表現することは至難の業であり、その妙技を会得するにはそうとうの根気が求められもしました。


それでということでもないのでしょうけれど、結局のところウソの音になってしまうのなら、むしろ徹底してウソ、この世にまだ存在しないような音を創造してやろうという気運が高まるのも自然の成り行きというものかもしれません。そうした方向性を目指した人たち(早い話がテクノの人たち)にとって最大の武器はサンプラーであり、ミキサーやエフェクターであり、アナログシンセでの音色づくりということになるのだと思います。どちらかというとMIDIを駆使することが職人的だとすれば、オーディオをリアルタイムで編集し感覚のまま変化させることは、よりアーティスティック、パフォーマー寄りということはできるでしょう。

 

ところがその方向を突き詰めてゆくと、今度はアーティストの側にも、ある程度エンジニアリングに精通している必要性が生じ始めます。実際そうしたケースも相当増えてきているようで、かつて日がな一日楽器の練習をしていたミュージシャンが、いまではすっかりPRO TOOLSをはじめとする音楽制作のためのワークステーションに入り浸り、などという話も珍しくありません。特に近年、一気呵成にジャンル自体を築いてしまった感のあるテクノイズやエレクトロニカに代表される「柔らかで心地よいノイズ」などはオーディオファイルを次々にリアルタイムに生成させ、ライブでさえPowerBook一台で成立してしまうという挑発的な代物です。

 

そういえばあのアナログシンセの名機Profet-5なども、当然のようにソフトウェアシンセが存在します(これならPL法も怖くない?)。個人的にもMac一台であのアナログシンセ特有の図太く温かなサウンドが手に入るというのは魅力的であり、一つの戦慄ですらあります。
とはいえ、それでも往年の名機という実機に触れる悦びには代えられない、というのもまた事実なのですけれど。

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