黒川紀章とメタボリズム建築

2007年10月13日 by Eiji Saito

建築家の黒川紀章が亡くなったとのことですが、テレビ等での報道の大きさには驚きです。師にあたる丹下健三が逝去したときでさえ扱いはずっと小さかったはず。何とも皮肉ですが、建築界での成果よりも都知事選や参院選へ立候補した際に見せた一風変わったパフォーマンスにより、お茶の間での「変わったお爺さん」という印象とともに一躍有名人になってしまったことが大きな理由のようです。

 

それはともかくとして、都市再開発のブームも手伝ってでしょうか、最近はかつて黒川らが中心となって起こされた建築運動、メタボリズムの再評価がめざましいようです。CASA BRUTUSあたりがしきりと取り上げるようになったこともあり、若い人たちの間でもコルビュジェやミース、ライトなどと並んで、メタボリストやその周辺の建築家たち(当時メタボリズムと伴走していた磯崎新など)がちょっとした知的アイコンになっている模様。

 

都市自体を生物体として捉えるメタボリズムの考え方は、理念の違いこそあれ、現在の東京の殆ど畏怖すべき変化の早さを窺えば、思わず頷けてしまうというもの。これまた皮肉なことに、メタボリストたちが標榜した「都市」が田園であり海上であり空中であったのに対し、現実に新陳代謝する「都市」とは紛れもなく東京そのものでしかないのですが。。

 

メタボリズムの構成メンバーは黒川の他に菊竹清訓、牧文彦、川添登、粟津潔らといった錚々たる顔ぶれで、計画の中には妄想としか思えないものも多いのですが、想像力という点では他の誰も追随できないオリジナリティを有していたといえるのではないでしょうか。特に菊竹や黒川の描く、そのSF的なドローイングの魅力には随分と刺激を受けたものです。

 

レトロフューチャー感覚とでも呼べそうな鉱物的な都市独特の空気感が好きで、東京に住んでいた頃はよくウォーターフロントに足を運び、人工的な都市や浜辺を歩き、スナップショットを撮ったりしたものです(J・G・バラードや日野啓三の世界といえば分かっていただける方もいるかもしれません??)。当然のように黒川の設計した中銀カプセルタワーなども見て歩きましたが、メタボリズム建築を概観して感じることは、「かつて夢見られた未来世界の残響」。メタボリストたちの活躍は東京オリンピックや大阪万博と時期的にも重なりますが、希望に満ち溢れた時代の産物というのは、やはりどこか郷愁を誘うものです。

 

不思議と廃墟とも通低するようなノスタルジックな未来とは、今という観点がそこから限りなく遠いということを同時に意味しているのでしょうか。

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